竹生島クルーズと小浜庭園めぐり 2016.10.22.〜23. 
今回の旅はは滋賀県長浜市から
福井県敦賀市、小浜市を歩いてきました
竹生島
滋賀県長浜市竹生島は西国三十三所札所めぐり第三十番札所「宝厳寺」のある島として、
古来より人々の厚い信仰を集めてきた、今津港、長浜港からほぼ等距離に浮かぶ周囲2kmの小島です。
島全体をおおう針葉樹を中心とした木々が、季節ごと美しい姿を見せてくれます。
また、国宝の宝厳寺唐門や都久夫須麻神社本殿、
重要文化財の宝厳寺船廊下などの見どころもいっぱいです。
さらに竹生島はパワースポットとしても知られ、島全体が神秘的な空気に包まれており、
パワーをもらいに多くの人が訪れます。
弁天様の幸せ願いダルマや竜神拝所のかわらけ投げも人気です。
(竹生島クルーズHPより)

滋賀県長浜市から竹生島クルーズで
竹生島神社に行ってきました

島に張り付くように建てられた竹生島神社の石段を・・・

息を切らせながら登り
参拝してきました

滞在時間は80分でしたが
土地勘がないので
急いで巡ったら
時間が余っちゃいました・・・
木之本地蔵院
滋賀県長浜市
眼病平癒の仏さまとして知られる時宗の寺。
境内に立つ6メートルの地蔵像は秘仏である本尊を模しており
「木之本のお地蔵さん」が全国から訪れる参拝客を出迎えます。
寺の歴史は古く、白鳳時代に遡ります。
空海、木曽義仲、足利尊氏、足利義昭も参拝した記録があり、
賤ヶ岳の合戦では秀吉が陣を置いたといわれています。

庭園は書院の北側にあり、北方に芝生に覆われた築山を設け、
右手に枯滝石組を、池中に亀島を作っています。
正面にある出島は鶴島を意匠し、一種の蓬莱様式の庭となります。
(以上、長浜・米原・奥びわ湖HPより)



北国街道、何度か通った道でしたが
お参りするのは初めてで
木之本宿の中心に建つ立派な寺院でした
木之本宿
滋賀県長浜市
地蔵院の門前町として栄え、北国街道と北国脇往還が交わる宿場町で、
旅人と木之本のお地蔵さんの参拝客で賑わいました。
木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、
柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、
今では埋め立てられ、商家の家並みに昔の情景を残しています。
(長浜・米原・奥びわ湖HPより)

すし慶
滋賀県長浜市

木之本宿をぶらり散策中に見つけた料亭・・・

鯖寿司は苦手なパンダでしたが
このお店の鯖寿司は・・・
利尻昆布と山椒の実の香りが効いていて
お味もまろやかで最高でした
ちょっと贅沢しちゃいました
気比神宮
福井県敦賀市
市民に「けいさん」の愛称で親しまれる氣比神宮は、大宝2(702)年の建立と伝えられています。
7柱のご祭神をまつる北陸道の総鎮守。明治に官幣大社となりました。
高さ約11mの大鳥居(重要文化財)は
春日大社(奈良県)・厳島神社(広島県)と並ぶ日本三大木造大鳥居の一つ。
元禄2年旧暦8月(現在の9月終わり頃)には松尾芭蕉が訪れ、境内には松尾芭蕉の像と句碑があります。
(漫遊敦賀HPより)

敦賀市内にある気比神宮は
越前のパワースポットとしても有名です

天皇家の神様を祭ってあるらしく・・・

菊の御紋があちこちにありました
明通寺
福井県小浜市
京都の清水寺も創建した坂上田村麻呂公が、大同元年(806)創建したと伝えられています。
鎌倉時代建立の本堂と総高約22mの三重塔はいずれも国宝です。
幾星霜を経て存在する荘厳な佇まいに畏敬の念さえ覚えます。
また、仏像四体が国指定重要文化財となっています。
(ええやん!若狭の國HPより)

旅の2日目は福井県小浜市で国宝めぐりをしました
ここは明通寺の庭園です
ほんの少し紅葉が始まったモミジやツツジが
彩りを添えていました

鐘楼

本堂へ続く階段

杉木立の中に凛と建つ
国宝の三重塔と本堂
本堂で明通寺の歴史を解説していただきました
萬徳寺
福井県小浜市
応安年中(1368〜1374)安芸円明寺の覚応法印が各地を廻り、
この地にあった天台宗極楽寺を正照寺と改め真言宗を広めました。
天文13年(1544)、祈願所となり、罪人は入寺すれば助かるという若狭唯一の「駆け込み寺」となりました。
慶長7年(1602)寺号を萬徳寺と改めました。
本堂の南西方の斜面を利用した埋石式枯山水庭園は
主要部は1,800u、白砂敷き部分は約240u、斜面中段の中心部に2.2mの本尊石を配しています。
庭園は、5月〜6月にはつつじ、10月下旬〜11月中旬にはもみじが、
白い砂と山の緑と見事な調和を作り出しています。
(小浜市HPより)

この庭園の手前には白砂の庭園があります

庭園の雰囲気も最高です

イチョウは色付きはじめ・・・

モミジの紅葉が待ち遠しい季節でした
若狭一の宮
福井県小浜市
若狭一の宮は神社の記録によりますと、奈良時代初期にあたる養老5年(721)に創建されたといわれています。
若狭一の宮は上社と下社の総称ですが、ふつう上社を「若狭彦神社」、下社を「若狭姫神社」と呼んでいます。
彦神社は和銅7年(714)遠敷郡下根来村白石に創られましたが、
霊亀元年(715)現在の地に遷社したとされています。
(小浜市HPより)
若狭彦神社
(上社)

彦神社の本殿は、文化10年(1813)造営で正面、
側面、向拝が3間の三間社流造桧皮葺の建物で、
山を背景に建てられています。神門(中門)は天保元年(1830)の造営で、
四脚門形式の切妻造桧皮葺、随神門は江戸時代後期の造営、八脚門形式の入母屋造桧皮葺です。

若狭姫神社
(下社)

姫神社は、本殿は享和2年(1802)造営の正面3間、側面3間、
向拝1間の流造桧皮葺の建物です。
本殿を囲む瑞垣(透塀)の内部には千年杉で有名な神樹が聳(そび)え、
千古の神域を一層森厳にしています。神門(中門)は、
享和3年(1803)の造営、随神門は寛保3年(1743)の造営で、ほぼ上社と同じつくりとなっています。

思っていたよりずっと大きくて・・・
千年杉のパワーをいただいてきました
神宮寺
福井県小浜市
若狭一の宮の神願寺として成立、縁起によれば元正天皇の勅命により
和銅7年(714)に泰澄大師の弟子沙門滑元の創建したといわれています。
鎌倉初期、若狭彦神社別当寺神宮寺と改名、七堂伽藍二十五坊を誇りましたが、
豊臣時代に寺領を没収され、さらに明治初期の廃仏毀釈によって衰微しました。
本堂は、室町時代末期、天文22年(1553)越前守護朝倉義景が再建しました。
大きさは間口14.34m、奥行き16.60mです。建築様式は、和様を主体にしたなかに、
木鼻に天竺様繰形、唐用束梁などの大陸の技法が用いられており、
妻飾も軒隅の反転とともに華麗な姿を表しています。
(小浜市HPより)

小浜市最後のお寺は神宮寺

鬱蒼とした木立の中にありました

港町のイメージだった小浜市ですが・・・

これほど洗練されたお寺や神社があるとは
思いませんでした
「心洗われるみほとけの里」
国宝めぐりがあり見処はたくさんあります
まだ周りたい場所はたくさんありましたが
そろそろナビを自宅にセットです
最後までお付き合いいただきまして
ありがとうございました?

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